【栞】供養「ありがたし」

説経浄瑠璃「小栗判官一代記」の公演を観覧した。数百年かけて洗練された言葉を、連綿と受け継がれた語りの技術で浴び、全身の細胞が生き返った心地がした。と同時に、妙な想像をしてしまった。
 中世日本が舞台の説話で、「放蕩(ほうとう)息子」が苦難の末に改心するというストーリーだ。一度死に、超自然的な力でよみがえった放蕩息子が実家を訪ね、自身の一周忌が営まれていることに「ありがたい」と漏らすシーンがある。
 一昔前まで、先祖供養の担い手確保は切実な関心事だった。戦後に廃止された「イエ制度」とも密接な関わりがある。
 しかし今は、「墓じまい」を考える人が増えている。徳川幕府最後の将軍の子孫が、墓じまいの意思を表明したのも記憶に新しい。価値観が多様化し、個が重んじられる現代では、自然な流れと言える。
 ただ、人口減少が進めば、委託の供養すら「有り難い」ことになるかもしれない。人的資源が限られていく中で、継承されるものの淘汰(とうた)が起こるのは必然だ。
 人はほとんどおらず、その数を上回る「無縁仏」がひしめき合う――。そんな光景が頭に浮かんだ。(田村咲絵)