5月に木曽路の妻籠(つまご)・馬籠(まごめ)に行った。島崎藤村の「夜明け前」に「木曽路はすべて山の中」とあるのはその通りと感じられる場所である。
ところで妻籠、馬籠という場所を50代以下の人はあまり知らないようである。私が若いころ(四十数年前)は当時の女子大生が旅行に行きたい場所の一つだったと記憶していたのだが(私の家内も短大時代に行ったとのこと)、何人かにその辺に行ってきたと話をしてもそれはどこの話ですか、という反応が返ってきた。
ジェネレーションギャップを思わぬところで感じてしまった。なので、ちょっと意地になって行ったことを書こうと思った次第である。それはともかく、この場所は江戸時代の五街道の一つ、中山道の宿場町で、長野県と岐阜県の県境をまたいだ両側にある。木曽路の宿場町では奈良井宿も有名だが、妻籠、馬籠にはその間をつなぐ往時の中山道がほぼ元のままに近い状態で残っているので、宿場だけでなく、昔の街道歩きの楽しみもあるのが特長である。
両者の比較としては妻籠のほうがひなびており、昔の落ち着いた風情を多く残している。一方、馬籠は比較的奇麗に整備され、今風になっている。街道歩きは馬籠から妻籠に行くのが下り坂で楽だが、おすすめは逆、妻籠から馬籠である。かなりの上り坂が続き、昔の人は健脚だったと体で感じられる。
そうやって歩き疲れたところで、昔のままの茶屋が現れる。そこで一休みする至福は代えがたい報酬だった。今はこの道を歩いている人の大半が外国人だが、日本人もぜひ歩いてほしいと思っている。