吉田兼好の「徒然草」に「高名の木登り」という有名な話がある。国語の授業で習ったという人も多いだろう。木登りの名人と呼ばれる男は、木に登っている人が高いところにいるうちは何も言わず、容易に飛び降りることができる場所まで降りてきたところで「しくじるなよ、気を付けて降りろ」と注意を促したという話だ。
理由を問われた名人は「人は、自分が危険を感じている時には言われなくても気を付ける。失敗というのは簡単だと思うところでしでかすものだ」と答えたという。
琵琶湖の夏の風物詩となった「鳥人間コンテスト」の会場設営工事をしていた作業員が、高所から転落して亡くなったというニュースがテレビで流れた。水面から10㍍以上ある場所での作業中に誤って湖面に落ちたとみられ、事故の詳細については警察の調べが続いているが、報道では安全帯などを着けていなかったとされた。暑さによる影響以外にも、「これくらいの高さなら大丈夫だろう」「いつもの慣れた作業なので」といった油断があったのかもしれない。
安全運転研修会を取材し、ドライブレコーダーの映像を数多く見ていると、ほとんどの重大事故がちょっとした気の緩みや慣れから起こっていることに気付く。運転中にスマートフォンの画面を見たりする「ながら運転」などは、運転に対する慣れからくる気の緩みの最たるものだろう。一方、「これくらいなら問題ないだろう」という油断が絶対に事故につながるとまでは言い切れない。「自分は大丈夫だ」と思い込みたい正常性バイアスという心理も加わり、知らず知らずのうちに大きな危険を平気で冒してしまう。
だからこそ、運送会社の経営者や管理者なら誰でも「安全運転で」「無事故で」などと声をかけ、ドライバーを毎日送り出す。だが、これも一種の「慣れ」になってしまってはいないか。異常気象や厳しい暑さによる疲労の蓄積の影響も懸念される時季、木登りならぬ事故防止や安全管理の名人ならば「天候の急変に気を付けて」「熱中症にならないよう適切に水分補給を」など、油断しそうな心を引き締めるより具体的なアドバイスを添えるに違いない。(小菓史和)