共立貨物社長の長男 故阿部祐太氏、「恩送り」強い願い がん発症も治療せず

紀伊國屋書店新宿本店で自身の著書を手にする祐太氏(撮影時34歳)
紀伊國屋書店新宿本店で自身の著書を手にする祐太氏(撮影時34歳)

「『自身の生き方』『病気と医療の距離感』を考え直すきっかけになれば」。共立貨物(岩手県一関市)の阿部祐二社長の長男・阿部祐太氏は、著書「薬物治療を選ばなかった薬剤師がんサバイバー」(へるす出版)でこうつづっている。8月で1周忌を迎えた祐太氏の思いがつづられた同書は、今も多くの人に届いている。
 医学専門書を主とする同出版社が個人著書を刊行するのは異例だったが、出版後は各地の大学や公立図書館への所蔵をはじめ、医療や教育の現場での教材活用など多方面へ波及。「患者の意思決定」やその思いを尊重する大切さを改めて問いかける一冊となっている。
 祐太氏は難病「胆道閉鎖症」を持って生まれ、2021年に「小腸がん」を発症した。この二つが重なったのは「10億人に1人(世界初症例)」とも言われるまれな症例だった。「小腸がん治療をめぐる『命の駆け引き』には何度も心が折れそうになった」と同書でつづっている。
 医療のプロであり、当事者でもあった祐太氏が出した答えは、抗がん剤などの薬物治療を行わない選択だった。「治療で得られる5年なら、治療をせず3年を精いっぱい楽しむ」。病気と闘うのではなく向き合うことを決意した祐太氏は、その後、NHK『病院ラジオ』に出演。お笑いコンビ「サンドウィッチマン」との対談が同書の執筆の契機となった。さらに、夢だったメジャーリーガーの大谷翔平選手の試合を観戦するためロサンゼルスへ渡航。周囲の多くの支えの下、命懸けで達成した旅の経験が、前を向いて生きるエネルギーとなった。
 阿部社長にも大きな葛藤があった。「親とすれば当然、抗がん剤治療を受けて1日でも長く生きてほしい思いはあった」と明かす。それでも本人の選択を尊重し、時間を工面しては東北大学病院への送り迎えを続けた。ロサンゼルス旅行の際、いつでも現地へ駆け付けられるようひそかにパスポートを取得していたという。
 生前、祐太氏は同書に「読者が『自身の生き方』『病気と医療の距離感』を考え直すきっかけになれば」と記し、周囲から受けた恩恵を次の誰かへとつなぎ、その輪が社会へと広がっていく「ペイフォワード(恩送り)」への強い願いを込めた。
 祐太氏は最期の日の前日まで自宅で過ごし、周囲への深い感謝とかわいがっていためいへランドセルを遺して旅立った。阿部社長は「言葉は過ぎ去っても、本という形で遺せたことに大きな意義がある。この世を去るときに何を遺せるかが大切だと実感した」と語る。
 祐太氏の生きた証しと思いが詰まった同書は「恩送り」の輪となり、読んだ人の心を動かし続けている。(鈴木明香理)